鈴木太郎、行き当たりばったりblog

ブロックチェーンの魅力を発信していくブログです。

ゲーム理論の最適解について

ゲーム理論の最適解について考えるに、恐らく、それは、「本末転倒」だろう。戦いの究極解は、寝てても生活できる。つまり釈迦の涅槃の姿なのだ。戦いは、起きなく、常に富が集まる。もう、ゲーム理論の最適解を使えたら、人間では、いられなくなる。人々に幸せになる方法を教える代わりに、自分は、社会に生かされる。

 具体的にどうするか?

 ・・・を問われたら。相手に得を与える。自分を殺しに来る者にも惜しみなく得を与える。これだろう。そこに、私利私欲は、無く。人々を幸せに導くことのみが、役目となる。お金のない者には、お金の稼ぎ方を、お金を持ってる者には、お金を稼ぐことでは、得られない幸福を、心の安定を与える。そうすることで、自分が生きていける環境を自分の周りに作り出す。そんな事を続けていると、必ずそれを面白く思わない者が現れる。そう言う者、全員を屈服させて、神と呼ばれる。これが、ゲーム理論の最適解を続けた者の姿だろう。当然軍部にも敵対者が現れる。軍部の人達を前にしても、自分が自由に行きたいところに行く能力。それらを有するのだ。神通力を見ると良い。なぜそれが可能かを知るには、彼の能力を知る必要がある。神は、漏れなく革命を起こしている。そして、その後に恩を着せてきたりしない。神とは、自分を中心として秩序を構築する者なのだ。彼だけが不動にして、不屈の精神を持つ。彼の前には、すべての者のゲシュタルトが、壊されるのだ。だから、彼と会ったら、すべてが、変わるのだ。神とは、自己が変わらずに、周囲を変えていく者なのだ。彼が、世界の中心となる。彼は、世界の争いの中で、奇跡を起こし続けることだろう。彼の奇跡が戦いを収めるのだ。だから、救世主は、第三次世界大戦の中で生まれるだろう。世界の混乱の中で彼だけが社会に活かされる。何が起きてもだ。すべての困難、不幸は、彼に近づけない。それが神が神たる所以だ。ゲーム理論の究極形は、神なのだ。いつも、話が壮大になっちゃうな・・・

 それが、俺である。最後まで読んでくれてありがとう。皆さんの心に幸福が訪れますように。どんな、時代になろうとも・・・

 それが、俺の願いです。